漫画家うめぼしのブログ

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トルーマン・カポーティー『夜の樹』

恐怖とは何か?

恐怖と不安は似ているけれども、不安のほうが恐ろしい。 恐怖は怖がる対象が明らかである。しかし不安は目に見えない。

それに不安は、闇のように心を取り込む。

例えば暗闇の中に自分ひとりだけ放り込まれる。周囲がどれほどの空間があって、生き物がいるのかいないのか。いたとしたら自分を傷つけるのではないかといった感じで、底なし沼のよう…。

そんな不安な気分になる短編を本日は引っ張り出してきました。

トルーマン・カポーティーの『夜の樹』です。

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ケイという若い女性が叔父の葬式からカレッジに戻るため、汽車に乗っている。20歳になる女の子である。

車内の空席はひとつしかない。

意思疎通のできない(らしい?)奇妙な男を連れた酔っ払いのおばさんと同席する。 酔っ払いの女はデタラメを言い、男は奇妙な行動をする。

強引に支離滅裂な話をし続ける酔っ払いおばさん。男のほうはしゃべれないらしく、謎の「お守り」(ニスを塗った桃の種のようなもの)をこすったり磨いたりしている。

酔っ払い女はこの「お守り」をケイに売りつけようとしているのだった。

 

うるさいと思いつつも断れないケイは、そのまま2人の奇妙な調子に気分を飲まれ、ついに席を立つ。列車の最後尾で外の冷たい風にあたるケイ。さきほどの2人に嫌気がさし、不安げな様子である。

「突然、跪いてランプに触れたいという不可解な欲求を感じた」(『夜の樹』トルーマン・カポーティー著:新潮文庫 p.49)

列車の最後尾に赤い灯油のランプがあったのだった。「本能的な感覚」がケイに彼女自身に警告を発し、後ろを振り向くと例の男がいる。ぼんやりと赤いランプに浮かぶ男の姿が、ケイの昔を記憶を呼び起こした。

 

その昔、小さい頃にきいた恐ろしい物語たち。魔法使いの男、お化け、死、幽霊−−といった類の。それは夜の樹が幽霊の出る枝のように彼女の上に覆い被さっていた恐怖だった…。

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物語の最後は書きませんが、だいたいこんな話です。 面白いのが、この奇妙な男、ケイの恐怖を引き起こした男が「害のない、ぼんやりとした顔」と表現されていることです。

男はしゃべることもできず、とても静かな存在です。まるで人間であることを忘れたような男。酔っ払いのおばさんに支配されているような男。

ケイはおばさんではなく、この漠然とした存在の男によって恐怖を呼び起こされました。

 

この物語の鍵はおそらく、ケイが子ども時代を思い出している一節かと思います。恐ろしい物語を話して聞かせてくれた人たち−−「叔母たち、コックたち、見知らぬ人間たち−−」とあります。それから冒頭には「叔父はこの緑色のギターの他に何も残していてくれなかった」とあります。

ここでピンとくるかもしれない。緑色のギター、赤いランプ。ケイの不安。

 

ケイの生い立ちは詳しく書かれていませんが、おそらく他人に等しい人々に囲まれて育った、また家庭の中で孤独な存在であった。その人たちはケイにとっては、「お化けや魔法使い」といった不安な存在だったのでしょう。

そのような不安が、無防備な、むしろぼんやりとした男の存在によって呼び起こされたのです。

彼はケイの心の中の夜の樹を発見したのではないか?

それはケイの秘密であったはずなのです。

 

孤独という不安が、夜に見る樹のように枝を広げ、膨張していくようなイメージ。そしてそれらの枝が手のように1人の孤独な女の子を鷲掴みにしていくような、そんな恐ろしい衝撃の短編です。

 

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カポーティーといえば『ティファニーで朝食を』が著名ですが、短編小説が恐ろしくて好きです。

 

ぶるぶる…GWは怖いお話シリーズですよ。

 

それでは善き夜を。